ホームマーケットエコノミスト・ビュー2017年 9月【日本経済】将来、日銀はETF購入からどのようにExitするのか?~購入額を「めど」とすることによる柔軟化が選択肢~

【日本経済】将来、日銀はETF購入からどのようにExitするのか?
~購入額を「めど」とすることによる柔軟化が選択肢~

2017年9月15日

  • 黒田日銀は、ETF購入を「2%の物価安定目標をできるだけ早期に実現するために必要な政策」と述べる。2%インフレが視野に入らない中、ETF購入の早期の軌道修正は容易でなかろう。
  • 筆者の分析によると、特に拡大QQE後のETF購入は、株価に有意な影響をもたらしているため、経済ファンダメンタルズがしっかりしていても、購入減額は予想外の大きなショックをもたらすリスクがある。
  • こうしたリスクを抑えるため、日銀は将来のETF購入からのExitに際し、購入額を「めど」とすることで買入れを柔軟化していくのがよいのではないか。

GDPが6四半期連続でプラス成長、リーマンショック後に大きく拡大した負のGDPギャップも解消する中で、アベノミクスの一本目の矢である大胆な金融政策に対する批判的な声、報道が増えているように思われる。ECBが資産購入プログラムのテーパリングに向かい、FEDもバランスシートの縮小を開始すると見られる中で、日銀だけが取り残され、いつまでもアグレッシブな金融緩和を続けているという批判である。

しかし、日銀については、昨年9月に長短金利操作(YCC)付き量的・質的金融緩和政策を導入し、金融政策の手段は量から金利へと回帰、国債購入については柔軟化の方向へと舵を切っている。短期金利▲0.1%、長期金利0%程度を目標に、イールドカーブ全体を低め誘導することで緩和的な金融政策を続ける一方、長期国債の保有残高の増加ペースについては年80兆円を厳格な「目標」から柔軟な「めど」へと切り替えた。YCC導入後も、日銀の長期国債保有残高は増え続けているが、足元の増加ペースは前年比60兆円強と、「めど」の80兆円を下回る(図表2)。

一方で、軌道修正が難しいと言われているのがETFの購入である。日銀の大胆なETF購入が市場の価格形成を歪めている、日銀はすぐにでもETF購入を減額すべきとの声がある一方で、日銀が購入減額を表明して株価が大きく下落すれば、手の平を返したような日銀批判が強まる可能性がある。日銀は、現行のETF購入について、「2%の物価安定の目標をできるだけ早期に実現するために必要な政策である」と述べるが、仮にインフレ率がある程度上昇しても、上述の理由から、ETF購入を減額することは簡単ではないかもしれない。それでは、日銀はこのまま現状のETF購入(年6兆円ペース)を続けるのだろうか。筆者は、年末にかけてインフレ率は上昇していくと予想するが、それでも1%弱と、2%インフレ目標は視野に入らないため、早期の軌道修正のハードルは高いと見る。しかし、頭の体操として、将来的に日銀がETF購入について何らかの軌道修正を行うなら、単純な減額ではなく、長期国債と同様に購入ペースを「めど」とし、柔軟化していくことが考えられる。

曖昧な「めど」とするのでなく、素直に減額すべきとの意見もあるだろうが、その点について考えるために、日銀のETF購入について振り返ってみたい。日銀がETFの購入を決定したのは、白川前総裁時代の2010年10月で、当初は2011年末までにETFの保有残高を0.45兆円にするという方針であった。その後、2011年3月に保有残高を0.9兆円(2012年6月末まで)、8月に1.4兆円(2012年末まで)、2012年4月に1.6兆円(2012年末まで)、2012年10月に2.1兆円(2013年末まで)にするという形で、購入が段階的に増額された。黒田総裁の下では、2013年4月に保有残高を年1兆円程度のペースで増加するように買入れを行うとされ(QQE)、その後、2014年10月に年3兆円程度へと増額(拡大QQE)、さらに2016年7月には年6兆円程度へと一段と増額された。 

具体的な日々のETF買入れのオペレーションについては、長期国債購入のような事前のスケジュール公表はなく、市場ではTOPIXが前場に下落すると日銀が買入れを行うと言われている。実際、TOPIXの前場の騰落と日銀のETF買入れの動向を見ると、TOPIXが前場で上昇して日銀が買入れを実施したケースはなく、下落した場合のみ(正確には、一度だけ横ばいの場合に買入れが行われたことがある)、ETFの購入が行われている。この点については、白川総裁の下でも、黒田総裁の下でも変わりはない。 

ただし、白川総裁時代と黒田総裁時代では、買入れを行う際の前場の下落率の閾値が異なる(図表4)。白川総裁時代の2010年12月~2013年3月までの日銀のETFの購入は69回だが、2010年12月15日の初回の買入れを除いて、全て前場のTOPIXが▲1%以上下がった場合に行われた。この期間に前場でTOPIXが▲1%以上下がったのは68回だったので、より正確に言うなら、前場でTOPIXが▲1%以上下がると、日銀は必ずETFを購入していたということになる。一方で、黒田総裁の下でも、TOPIXが前場で▲1%以上下がると、100%に近い割合で日銀はETFを購入している。黒田総裁の下で、TOPIXが前場で▲1%以上下がったのは133回であったが、そのうち131回でETF購入が実施されている。しかし、黒田総裁の下では、より低い閾値、つまりTOPIXの前場の下落率が▲1%未満であっても、ETFの買入れが行われている。前場の下落率が▲0.5%~▲1.0%の場合でも、2013年4月からのQQEの下で37回(下落率が▲0.5%~▲1.0%となったのは40回)、2014年10月末からの拡大QQEの下で47回(同57回)、2016年7月末のETF購入拡大以降で17回(同17回)、ETFの購入が実施されている。サンプル期間は短いが、2016年7月末以降では、TOPIXが前場に▲0.5%以上下がった場合の日銀の購入率は100%である。

さらに、黒田総裁の下では、僅かな下落、前場の騰落率が0.0%~▲0.5%の場合でも買入れが行われており、QQEの下で28回(騰落率が0.0%~▲0.5%となったのは84回)、拡大QQEの下で44回(同84回)、2016年7月末の現行のETF購入の枠組みの下では53回(同100回)と、拡大QQE以降では、小幅な下落(0.0%~▲0.5%)であっても5割以上の割合で日銀がETFを購入している。以上、TOPIXの前場の下落率から日銀のETF買入れ動向を分析すると、日銀がETFの購入を行うのは前場のTOPIXが下落した場合だが、白川総裁下と黒田総裁下で明確な違いがあり、黒田総裁下でも、拡大QQE以降では、より小幅な下落で日銀がETFを購入するケースが増えている。 

こうした日銀のETF購入は、株価にどのような影響をもたらしたのか。2011年以降のTOPIXの前場、後場の騰落の動きを見ると(図表5)、白川総裁時代、黒田総裁時代を問わず、前場に上昇した場合、後場もその流れを継いで上昇する場合が多い。一方で、前場に下落した場合については、白川総裁時代、黒田総裁時代のQQEの下では、前場に続いて下落するケースが多かったのに対して、黒田総裁の拡大QQE以降は、前場に下落しても、後場に反転するケースが多くなっている。具体的に数字を確認すると、前場に下落した後、後場に反転した割合は、白川総裁時代が43%、黒田総裁のQQEの下では45%と5割を下回っていたのに対し、拡大QQEの下では53%、2016年7月末以降では56%となり、拡大QQEを境に、傾向に変化が生じている。実際、各期間における騰落割合の違いについて、統計的な検定を行うと、QQE以前と拡大QQE以降の騰落割合は有意に異なるとの結果が得られる(1%有意水準)。株価の騰落は日銀の買入れだけで決まるものではないが、特に拡大QQE以降、日銀のETF購入がTOPIXの騰落に有意な影響を及ぼしていると考えられる。リスクプレミアムを圧縮するための日銀の試みは、功を奏しているということだろう。

逆に言えば、日銀のETF購入によるリスクプレミアム圧縮が奏功しているがゆえに、経済ファンダメンタルズがしっかりしていても、日銀のETF購入の減額がアナウンスされ、減額が実際に始まれば、株価に負のショックがもたらされるリスクがある。想定外に株価が下落し、それが実体経済に悪影響を及ぼせば元も子もなくなる。こうしたリスクを抑えるため、ETF購入からのExitに向かう際には、まずは購入額を「めど」とすることで、実際の購入を柔軟化していくのがよいのではないか。そもそも、年6兆円ペースの購入を決定した2016年7月以降で見ても、日銀によるETFの購入は、月当たりで3000億円(年率換算3.6兆円)~8000億円程度(年率換算9.6兆円)と非常にばらつきが大きく、安定したものでない(図表6)。ETFの購入ペース(年6兆円)を「めど」とすることで購入により柔軟性を持たせ、たとえば市場のリスク回避姿勢が高まったと見られる局面では購入を厚めにするなどの対応を取れば、結果的に年間で見て買入れが6兆円を下回ることがあっても、市場に大きなショックを与えなくて済むのではないかと筆者は考える。長期国債購入同様、一時的に「めど」を下回っても、将来的には必要に応じて増える可能性もあるとしておけば、市場の期待を繋ぎとめておくことも可能ではないか。量的指標については、オーバーシュートコミットメントというアンカーがあるのだから、長期国債だけでなく、ETFについても柔軟化することで大きな問題があるとも思われない。