ホームマーケットエコノミスト・ビュー2018年 3月【欧州経済】拡大するユーロ圏の固定投資~最近は機械投資の伸びが加速、規制や政策の改革による一段の増加余地~

【欧州経済】拡大するユーロ圏の固定投資
~最近は機械投資の伸びが加速、規制や政策の改革による一段の増加余地~

2018年3月30日

  • ユーロ圏の成長率が2%台半ばまで高まった背景の一つには固定投資の増加基調がある。金融危機後の固定投資は回復ペースが鈍かったが、振り返ってみると、知的財産生産物投資(研究開発等)が増加基調にあり、最近では機械投資の伸びが加速している。固定投資の拡大は、短期的な成長率だけでなく、中期的な成長率(潜在成長率)の押し上げにつながるため、前向きな動きとして評価できる。
  • 固定投資が堅調な背景には、期待成長率の上昇、実質金利の低水準、バランスシート調整の進展、経済の不確実性の低下などがあると考えられる。
  • 欧州では各国(特に周辺国)における規制・政策の改革やEUによる取組強化を通じて、投資はさらに拡大する余地がある。現在の景気拡大局面と緩和的な金融環境の中で投資をさらに伸ばすことで生産性の引き上げや域内格差の縮小を実現できるかが欧州経済の注目点である。

知的財産生産物が増加基調、最近は機械投資が加速

ユーロ圏の成長率が2%台半ばまで高まった背景の一つに固定投資(総固定資本形成)の増加基調がある。固定投資とは有形固定資産、無形固定資産のネットの取得のことである。
固定投資の内訳(2016年)をみると、建設が約46%(住宅投資が約24%、その他建設・構築物が約22%)、機械設備・機器が約33%、知的財産生産物(研究開発投資やソフトウェア、データベース等)が約21%となっている。最近の推移をみると、知的財産生産物投資は足元でやや減少しているが、08年以降、右肩上がりの増加基調にあることがうかがえる。さらに足元ではグローバル経済の拡大を背景に機械設備・機器の伸びが加速している(図表1)。

固定投資のGDP比については17年第3四半期で全体が20%であり、建設投資が10%、機械設備・機器投資が6%、知的財産生産物投資が4%なっているが、金融危機後は建設投資のGDP比が低下する一方で、知的財産生産物投資のGDP比が上昇する傾向にある。

固定投資、特に研究開発などの知的財産生産物の投資が拡大することは、短期的な成長率だけでなく、中期的な成長率の押し上げることになるため、前向きな動きとして評価できる。

以下では、固定投資を機械、建設、知的財産に分けてそれぞれの最近の動向を確認する。

第1に、機械設備・機器投資については、ドイツやスペインに勢いがあるが、最近ではイタリアのように回復が遅れていた国でも増加している。最近では、資本財取引の動向をみても、多くの国で増加傾向である(図表2)。

第2に、建設投資についてみると、足元では増加基調であるが、機械設備・機器投資ほどの勢いはない。
金融危機以降は、緩和的な金融政策が続いているにもかかわらず、建設投資の伸びはドイツを除けば、それほど急速ではない。特にイタリアやスペインでは金融危機前に大幅に伸びたことの調整もあり、足元の水準はまだ低い(図表3)。

第3に、知的財産生産物投資については、景気循環の影響を受けにくく、過去10年でかなり高い伸びを示してきたが、国別にみると、スペインやドイツが堅調である一方、イタリアは回復ペースが緩いという格差がみられる(図表4)。

投資が増加している背景

以下では、ユーロ圏の固定投資が堅調である背景を整理しておく。 

第1に、企業センチメントの改善とともに期待成長率が高まっていることである(図表5)。ユーロ圏の成長率は過去1年程度、2%を超える高い成長率となっている。ECBは12月に発表したスタッフ予想で輸出を中心に成長率を引き上げた。さらに最近ではインフレ率が従来よりも安定している。このため、先行きの名目成長率は従来よりも高い伸びが期待できるため、企業は設備投資に前向きになりやすい状況にある。また企業収益の伸びは17年になって高い伸びになっている。 

第2に、ECBの金融緩和などを背景に実質金利が低い水準で推移していることである(図表6)。ユーロ圏では金融危機後に金融緩和が強化されたことで、09年から10年にかけて企業の借入金利が低下し、固定投資の回復を支えた。その後もECBがマイナス金利政策や量的緩和政策を導入するなかで、15年頃から実質金利はさらに低下し、固定投資は増加基調で推移した。企業の借入金利が低下した背景には、ECBの金融緩和だけでなく、金融機関の健全化が進み、融資スタンスが改善したことも影響している。 

第3に、バランスシート調整の進展である。企業のバランスシートをみると、借入の総資産に対する比率は足元で低下傾向であり、ユーロ圏全体でみると、統計が入手可能な2004年以来で最も低い水準となっている(図表7)。主要国ではドイツが最も低いが、金融危機時に高かったイタリアやスペインでは債務が足元でかなり圧縮されており、金融危機前の水準まで低下している。
こうしたなかユーロ圏各国では、借入圧縮のために設備投資を抑制する必要性が低下してきているとみられる。

第4に、経済の不確実性が低下したことである(図表8)。欧州の政策不確実性指数をみると、2012年のユーロ危機といわれたころは、政府債務危機がギリシャ、アイルランド、ポルトガルのような規模が小さい国だけでなく、イタリアやスペインのような大きい国にまで波及したため、銀行や政府の債務への懸念が大幅に上昇し、企業は投資への意欲を大幅に後退させた。しかし、その後は資金調達に苦慮する加盟国を支援するESM(欧州安定メカニズム)や銀行同盟の枠組みが成立するなかで、ユーロ圏のガバナンスに対する評価が改善した。これに伴い、政策不確実性指数が低下し、固定投資は回復した。16年は英国のEU国民投票の結果(EU離脱を選択)を受けて不確実性指数は大幅に上昇したが、固定投資は増加基調を続けた。これは政治面のリスクが高まったものの、予想成長率の上昇や実質金利の低下など、政治以外の要因、つまり経済の状態が従来よりも改善していたためとみられる。

当面は設備投資の増加が期待できる

今年1月に入ってから発表された経済統計をみても、ユーロ圏の固定投資は増加基調が続くことが示唆される。例えば、ECBの銀行貸出調査をみると、足元では、企業の設備投資のための資金需要は景気が強いドイツを中心に堅調であるが、最近では、イタリアやスペインなど、かつて債務残高が大きかった国でも、増加している。これは、景気拡大がユーロ圏に広がりをもってきたことを反映していると考えられる(図表9)。 

また欧州委員会の企業調査によると、ユーロ圏の製造業の設備稼働率は、一段と上昇しており、足元では金融危機前の平均値を上回り、設備投資に勢いがついていることを示唆している(図表10)。

規制や政策の改革、各国政府・EUの取組強化が重要

以上、最近のユーロ圏の固定投資の拡大の背景についてみてきたが、最後に固定投資がさらに拡大するための課題について整理しておきたい。 

第1に、各国は企業が投資しやすいビジネス環境をつくることである。欧州のビジネス環境については、フランス、スペイン、イタリアなど主要国でもまだ改善の余地があるといえよう。図表11は世界銀行の「Doing business」の指数(開業、建設許可、電力アクセス、不動産登記、税の支払い、法律等のビジネス環境の良さを測った指数)と固定投資の伸びの関係をみたものであるが、2010年時点でビジネス環境がよい国ほど、2010年から2017年にかけて固定投資の伸びが高い傾向にあったことが示唆される。ユーロ圏のいくつかの国(ギリシャ、イタリア、スペイン等)では今後も企業活動や投資を促進するような規制、政策の改革を進めることが重要であろう。 

第2に、政府投資の規模を拡大させることである。ユーロ圏の政府投資のGDP比は日本や米国に比べて低い(図表12)。さらにユーロ圏の政府投資のGDP比を国別にみると、ドイツは金融危機前から低いという特徴があるが、金融危機後のイタリア、スペインは財政緊縮が進む中、低下基調で推移した。今後はユーロ圏の周辺国が政府投資(特に成長率の上昇につながる研究開発投資)を拡大させることが重要とみられる。

第3に、EUが15年にスタートさせた「欧州投資計画(Investment Plan for Europe)」を拡張していくことである。欧州投資計画の柱であるEFSI(欧州戦略基金、ユンケルファンドともいわれる)は15-17年の3年間でEU機関の保証等を通じて政府と民間を合わせて3,150億ユーロのインフラ、研究開発、中小企業の投資(EUのGDP比2%相当)を誘発することを目的としたものであるが、EUによると17年末の実績(潜在的投資額)は2,561億ユーロと目標の8割程度である。図表13で誘発された投資額のGDP比率を確認してみると、ギリシャが3.9%とEU内では最も高い。さらにスペイン(2.6%)、イタリア(2.3%)、フランス(2.0%)ではEU平均(1.8%)やオランダ(1.3%)、ドイツ(0.7%)を上回る投資が誘発されている。

こうしたプログラムを通じて欧州の域内格差(特に生産性上昇率の格差)を縮小させることは、ドイツ、オランダなどの北部諸国の相対賃金の低下による競争力上昇=内的減価(internal devaluation)、言い換えれば南部諸国の内的増価(internal appreciation)の発生を抑えて、域内の貿易・経常収支の不均衡の是正を通じて、ユーロ圏の安定性を高める可能性がある。

EUは昨年12月にこの計画を2020年まで延長し、目標投資額を5,000億ユーロに拡大させた。EUとしては基金の規模拡大とともに成長力の弱い国の投資を支えていくスタンスである。欧州全体の競争力の引き上げだけでなく、域内格差の是正を通じてユーロ圏の安定性を強めるという意味で欧州投資計画の今後の進展が期待される。