ホームマーケットエコノミスト・ビュー2018年 5月【日本経済】株価の「過熱」リスクに日銀はどう対応するのか?~ETFの購入についてもより詳細な説明が求められる~

【日本経済】株価の「過熱」リスクに日銀はどう対応するのか?
~ETFの購入についてもより詳細な説明が求められる~

2018年5月15日

  • 黒田日銀総裁は、きさらぎ会講演において、資産市場において過度な期待の強気化を示す動きは観察されていないと述べた。しかしながら、金融システムレポートを見ると、1-3月の株価水準は、日銀が「過熱」と評価する閾値に近い水準まで上昇していた。
  • 筆者の試算では、今後、TOPIXの四半期平均値が、4~6月期で1845ポイント、7~9月期で1880ポイント、10~12月期で1915ポイント程度を上回ってくると、金融システムレポート上で「過熱感」のサインが点灯すると見られる(5月11日時点のTOPIXの終値は1795ポイント)。
  • 株価が「過熱」の領域に入った際、日銀がどう説明し、どう対応するかが注目される。

黒田日銀総裁のきさらぎ会講演は、新体制での金融政策を展望する上で、非常に示唆に富む内容であった。日本銀行が考える2%物価目標達成のメカニズム、金融政策運営の考え方、イールドカーブ・コントロールの枠組みのもとでの実質金利と名目金利の違いの重要性など、金融政策についての重要な論点がわかりやすく整理された。

中でも、従来と比べて踏み込んだ説明をされていたのが、金融政策運営における「金融情勢」に関する判断である。これまでも、日銀は、金融政策運営上、「経済・物価情勢」だけでなく、「金融情勢」も同様に重要であると述べてきたが、今回、金融システムレポートにおける循環上の過熱感や停滞感を評価するヒートマップと結び付けて整理し、金融システムの安定性が損なわれる「過熱方向」の動きと、金融仲介機能が低下する「停滞方向」の動きの両方に注意する必要があると述べた。

筆者の目を引いたのが、過熱方向の動きについて、「資産市場や金融機関行動において過度な期待の強気化を示す動きは観察されていません」と、資産市場の動向に言及した点である。金融システムレポートでは、資産価格の動向として、株価、地価の動向に着目し(そのほか、金融市場の動向として、機関投資家の株式投資の対証券投資比率、株式信用買残の対信用売残比率に着目している)、株価については、TOPIXのトレンドからの乖離度合で過熱感や停滞感を客観的に評価している。黒田総裁は過度な期待の強気化を示す動きは観察されていないと述べたが、4月の金融システムレポートを読むと、1-3月の株価は、レンジの上限に近い水準にあった。

それでは、今後、株価がどこまで上昇した場合に、過熱サインが点灯するのか。上述の通り、株価の過熱感や停滞感は、トレンドからの乖離度合で評価されるが、その計算方法については、2014年の日銀ワーキングペーパーで説明されており(注)、完璧にではないが、複製可能である。【図表1】は、左が筆者の複製、右が日銀のオリジナルで、日銀の計算値が公表されていないため、あくまで目の子になるが、トレンド、シャドーともに動きは概ね一致しており、過熱、停滞のサインのタイミングも外れていない。

さて、今年4~6月期以降について、先行きのTOPIXの値について前提を置いた上で、過熱サインが灯る閾値を推定した。4~6月については、TOPIXで1845ポイント、7~9月期については1880ポイント、10~12月期については1915ポイント程度が過熱の閾値となった(実際には、筆者と日銀の算出値に多少の差があると見られるほか、先行きの株価次第でも±10ポイント程度は閾値が異なる)。四半期の平均値でTOPIXがこれらの閾値を超えてくるようであれば(日銀は、瞬間風速でなく、平均値で評価しているため)、金融システムレポート上、株価の過熱サインが灯ることになると見られる。

そうなった場合、黒田総裁はこの点についてどう説明し、どう対応するのか。もちろん、日銀が2016年7月にETF購入増額を決定する背景となったのは、BREXITを始めとした海外リスクプレミアムの上昇に対応するためで、BREXIT懸念こそ和らいだものの、先行きも北朝鮮問題、中東情勢、米中貿易戦争など、リスクの火種は燻っている可能性はある。また、上記評価は、あくまで過去のトレンドとの比較で、株価がバリュエーション上、割高か、割安かとは必ずしもリンクしていない。とはいえ、日銀はこれまで本指標を一つの目安として使用しており、本指標で過熱サインが灯った場合、年率6兆円のETF購入を続けることの妥当性を問う声が増える可能性もある。今回のきさらぎ会講演では、ETF購入についてはあまり触れられなかったが、今後は、ETF購入についても、より明確な基準の提示や、詳細な説明が求められよう。

(注)トレンドは片側HPフィルターにより算出。HPフィルターの平滑化パラメーターλ=400,000。過熱感、停滞感を示す上下の閾値は、トレンドからの乖離の二乗平均平方根を1.5倍した値(±1.5σ)。なお、フィルタリングの開始時点等が明らかになっていないため、筆者は、1968年1Qを開始時点として算出した。片側HPフィルターの詳細については参考文献を参照のこと。

参考文献:伊藤 雄一郎、北村 冨行、中澤 崇、中村 康治(2014)、『金融活動指標』の見直しについて、日本銀行ワーキングペーパーシリーズ