ホームマーケットエコノミスト・ビュー2018年 6月【日本経済】2040年社会保障給付費190兆円が示唆する財政の姿~経済再生の早期実現はもちろんだが、プランBも準備する必要~

【日本経済】2040年社会保障給付費190兆円が示唆する財政の姿
~経済再生の早期実現はもちろんだが、プランBも準備する必要~

2018年6月12日

  • 5月21日の経済財政諮問会議では、医療・介護の給付増などを背景に、社会保障給付費が2018年度の121兆円から2040年度には190兆円まで膨らむとの試算が示された。
  • 社会保障給付費の増加を前提に、2040年度までの財政見通しを推計すると、2028年度以降、財政状況は再び悪化方向に転じる見込みである。
  • 6月5日に明らかになった骨太の方針2018の原案では、新たな財政健全化目標の期限は2025年度とされたが、その先の財政悪化の可能性を見据えれば、新目標の達成は待ったなしである。
  • 政府はまずは経済再生との立場を堅持するが、経済再生が遅れた場合のプランBを準備する必要もあろう。

5月21日の経済財政諮問会議において、内閣府などが試算した2040年の社会保障給付の姿が示された。将来の経済成長率などにいくつかの前提を置いた上での試算であるが、保守的な経済見通しを前提としたベースラインケースでは、年金、医療、介護、子育てなどの社会保障給付の総額は、2018年度の121兆円(GDP比21.5%)から、2025年度には150兆円程度(GDP比22%弱)、2040年度には190兆円程度(GDP比24%程度)にまで膨らむとのことである。高齢化により、特に医療・介護の給付が膨らむためである。

筆者が気になったのは、こうした社会保障給付の増加により、日本の長期的な財政の全体像が果たしてどうなっていくかということである。本レポートでは、2040年の社会保障の将来見通し(以下、社会保障試算)を基に、現状では2027年度までしか示されていない内閣府の中長期の経済財政に関する試算(以下、中長期試算)における財政見通しを延長推計し、2040年までの日本の財政の姿を展望した。なお、両試算においては、経済の前提として、ベースラインケースと、経済再生に成功した場合の成長実現ケースの2つのシナリオに基づき見通しを作成しているが、本レポートは、相対的に保守的な経済見通しを前提としたベースラインケースに基づいて議論を進める。

まず、推計を行う上で注意が必要なのが、社会保障試算と中長期試算の整合性である。社会保障試算では、2027年度までの経済前提については、中長期試算の前提を利用しているため、基本的に両者に齟齬はない。肝である社会保障関係費の見通しについては、社会保障試算では、社会保障の公費負担は国と地方の合算ベースの見通しのみ公表され、一般会計の社会保障関係費に対応する国の公費負担分の見通しは示されていない。ただ、筆者が社会保障試算における公費負担を費目ごとに国と地方の負担率で大まかに按分し計算したところ、両者に大きな乖離はなかった。中長期試算を社会保障試算で延長推計することに大きな問題はなかろう。

さて、2040年度までの財政状況を推計するには、社会保障試算で与えられている名目GDP成長率(2028年度以降1.3%成長が継続)、社会保障給付見通し以外にも、いくつかの追加の前提を置く必要がある。まず、基礎的財政収支(プライマリーバランス、以下、PB)を計算するためには、社会保障関係費以外の歳出や税収についての予測が必要である。こうした歳出や税収を予測するにあたっては、2028年度以降の名目GDP成長率に対するこれらの弾性値(税収であれば、税収の伸び/名目GDPの伸び)が、中長期試算で置かれている前提から変わらないと想定した。また、財政収支や公債等残高を計算する上で重要となる名目長期金利の予測については、名目GDPと長期金利差のギャップが中長期試算の前提から変わらないと想定した。中長期試算では、2026年度、2027年度の名目長期金利(2.1%、2.2%)と名目GDP成長率(1.8%、1.7%)の差の平均が0.4%と想定されているが、2028年度以降も同じギャップが続くという前提を置いた(名目GDP成長率の前提1.3%+ギャップの前提0.4%=名目長期金利の前提1.7%)。

こうした前提を下に(このほかにもいくつか細かい前提を置いている)、2040年度までの財政見通しを推計した。内閣府の中長期試算では、PB黒字化の達成こそ難しいものの、2027年度まではPB赤字(GDP比)の縮小傾向が継続、財政赤字(GDP比)も改善が続き、公債等残高のGDP比も低下する見通しが示されている。しかしながら、社会保障試算を前提に延長推計とすると、2028年度以降、社会保障関係費の増加などで、PB赤字は緩やかながらも再び拡大に転じ、名目長期金利が名目成長率を上回って推移するという前提の下、利払費の増加で財政赤字GDP比はPB以上に悪化し、公的債務残高のGDP比は再び200%に向かって上昇する。程度はともあれ収束に向かいつつあると見られた財政状況は、2028年度以降、再び発散に向かうことになる。

現在、政府は6月15日に予定される骨太の方針2018の閣議決定に向け、今後の財政政策運営についても最終的な詰めを行っていると見られるが、6月5日の経済財政諮問会議で明らかにされた原案によると、新たなPB黒字化の目標は2025年度となる。ただし、社会保障試算に基づく筆者の推計では、その先の2028年度以降に財政問題は再び厳しい局面を迎えると見られる。2025年度の健全化目標を達成できなければ、その先の状況は一段と厳しくなると見られ、新たな期限とされる2025年度の健全化目標達成は待ったなしの状況にある。政府は、「経済再生なくして財政再建なし、まずは経済再生」との立場を堅持しているが、2025年度の健全化目標を必ず達成するためにも、財政再建に十分な目配りができるだけの経済状況の実現、すなわち経済再生を一刻も早く実現することが望まれる。人づくり革命や生産性革命が奏功し、経済再生が実現、トレンド成長率の引上げに成功すれば、税収のトレンドも改善し、痛みを伴う歳出入改革にも取り組みやすくなり、財政健全化に道筋をつけやすくなるだろう。その一方で、政権発足以降、景気の回復傾向が続いているとはいえ、世界経済の不調などの不測の事態で経済再生の動きが滞ったことに鑑み、経済再生が想定通りに進まない場合のプランBについても真剣に検討すべき時期に来ているのではないか。

(注)本分析は、内閣府などが試算した2040年度の社会保障給付費の見通し、及び内閣府の中長期の経済財政に関する試算の公表データを基に、筆者が一定の前提を置いた上で延長推計した結果であり、内閣府及び政府が同様の延長推計を行っても、結果は必ずしも一致しない可能性がある。