ホームマーケットエコノミスト・ビュー2018年 6月【米国経済】直近の企業金融動向~債務残高は気になるが良好な企業金融~

【米国経済】直近の企業金融動向
~債務残高は気になるが良好な企業金融~

2018年6月13日

  • 景気拡大局面が戦後最長を更新しようとしている。バブル崩壊や高インフレに対する過度な金融引き締めがみられない中、当方では企業金融や金融市場の変調に注意が必要になってくるとみている。
  • トランプ減税により企業のキャッシュポジションは著しく改善している。一方、企業債務残高の高さが懸念されるが、利払い負担はほとんど悪化しておらず、イールドフラット化の影響は顕在化していない。
  • 企業金融を取り巻く環境は良好ながら、景気が下を向き始めると、雇用コストや金利コストといった負担が企業活動の重石になってくる可能性があろう。景気刺激効果の一巡後には注意が必要となろう。

前回の景気後退(リセッション)からすでに8年が経過、景気拡大期間は前回を優に超え、戦後最長を記録しようとしている(最長記録は91年3月~01年3月の39四半期)。過去のリセッションはほぼ、バブル崩壊や高インフレに対する金融引き締めが契機となってきた。しかし今回はそうしたリスクが特に顕在化しておらず、景気拡大局面は引き続き継続する可能性が高いとみられる。そうした中、三井住友アセットマネジメントでは、次のリセッションの引き金として、企業金融や金融市場の変調に注意が必要ではないかと考えている。今回は企業金融の現状について、現状を探ってみた。

トランプ税制改革の効果

FRBが発表した18Q1の金融統計(旧資金循環統計)を参考に、米国企業(非金融部門)の金融状況をみていく。今回の統計にはトランプ税制改革(TCJA;Tax Cuts and Jobs Act)が反映されており、ところどころで大きな変化がみられる。 

まず、18Q1の所得税(納税総額)は1,646億ドル(年率)とされている。減税前の水準が約2,900億ドル(年率)であったことを踏まえると、TCJAによる法人向け減税額は約1,250億ドル規模(年率)に達した模様。35% →21%への減税により10年間で1.4兆ドル(単年ベースで1,400億ドル)の法人向け減税が計画されていることを踏まえると、妥当なラインであろう。

配当にネットで▲1,696億ドル(年率)が計上されている。金融統計では配当のマイナスは受け取り超を意味するため、米企業は当期に大規模な配当を受け取ったということになる。一方、S&Pベースで配当(こちらは支払額のみ)の動きをみると、特に大きな動きは確認されない。よって、FRBも指摘する通り、この大規模な配当受け取りは海外からのものであり、レパトリによるものと考えられる。税制改革以前の配当額の水準がおよそ7,500億ドル(年率)であったことを踏まえ機械的に計算すれば、レパトリによる配当増は年率で9,200億ドル(7,500+1700)に達したことになる。単期ベース(当期の実額)としては2,300億ドルといったところであろう。 

しかし今回の税制は「レパトリ減税」と呼ばれるため、やや誤解が多いが、05年のようにレパトリが減税の条件になっているわけではない。つまり、企業は強制的に課税された後に残された海外滞留資金をどうするかについては、全く問われていない(本国に戻してもOK、海外に残してもOK)。よって、Q2以降、どのような形でレパトリが続くのかは定かではない。

他方、海外滞留資金に対する一回きりのみなし課税(87年以降の海外利益累積額に対して現金等の流動資産は15.5%、現金等以外の固定資産は8%)として、金融統計(非金融部門)は17Q4に年率ベースで1兆ドル(単期ベースで2,500億ドル)を計上している(非金融が8,300億ドル、金融が1,700億ドル)。実際には8年間の分納が認められているが、発生主義に基づいて推計値を全額計上しているとみられる。 

自社株買い(金融統計における株式保有額)については年率で▲3,860億ドル(単期で▲965億ドル、マイナスが償却超を意味する、右図ではプラス転換し見やすくしている)と特に変化のないものに留まった。この理由は残念ながら現時点では定かではない。株式発行が増えたか、もしくは季節調整によるものであろうか。しかし、米企業がレパトリや減税によって手にしたキャッシュを自社株買いに回しているのは周知の事実であり、実際S&P500ベースで取得したデータにも大規模な自社株買いが計上されている。

負債残高は気になるが管理可能

企業金融に関する最大の懸案事項は、企業債務残高の高さであろう。特に社債については今も着実に規模が増えつつあり、GDP比率は前回のピークを大きく超えてしまっている。 

しかしその規模に反して、企業の利払い負担は非常に安定しており、現時点で気になるような動きは特にみられない。利払い額は高水準ながら横ばい圏で安定しており、金利負担(利払い費/グロス負債)、利払い能力(インタレスト・カバレッジ・レシオ、EBIT/利払い費)ともに問題が生じているようには見受けられない。 

過去の経験を振り返ると、長短金利がフラット化に近づくと、こうした指標は徐々に悪化を始めるのが常であったが、今回はそうした兆候がほとんど表れていない。この理由としては、そもそも長短金利がフラット化には達していないことがあるのかもしれないが、①金利水準そのものが相対的に低い、②フラット化の意味合いが過去とは異なる(FOMCにて逆イールドを懸念していない参加者は、フラット化の理由を景気減速懸念ではなく、タームプレミアムの低迷と考えている)、③企業の利益状況が良好-などが指摘されよう。 

確かに、イールドのフラット化が企業債務に悪影響を及ぼしていないとすれば、FOMC主流派が逆イールドを容認するのも理解できる。残るは銀行の収益環境、ひいては貸出行動に影響が出ないかを確認していくべきであろうか。

ターニングポイント

良好な経済情勢により利益環境はまずまず良好、減税やレパトリによりキャッシュフローは潤沢、利上げによる金利負担も生じていないことを踏まえると、企業金融を取り巻く環境は概ね良好と評価することができよう。SMAMでは近々に何かしらのリスクが顕在化し、金融面から企業活動が転調していくとはみていない。 

しかし、こうした環境に変化が生じるとすれば何か、それはやはり景気(需要)の変調ではないか。クレジット市場が自律的に変調し景気に悪影響を与えるというクレジット・サイクル的な発想もよく聞かれるが、当方では景気そのものが重要であるとみており、クレジット環境の変化はその結果としてもたらされるものと認識している。程度はともあれ今後、リセッションが引き起こるとすれば、それは景気が変調することにより雇用コストなり金利コストといった負担が顕在化し、企業に対し調整圧力を高めていく、これがスタンダードな見通しではないか。 

当方ではそうした景気の変調をもたらす材料として現時点では、①景気刺激策の一巡(19年年央以降を想定)、②労働力を中心とする供給制約の顕在化(時期不明)、③長期金利の上昇(過度な利上げ、インフレ懸念など)―などに注意が必要とみている。なかでも、景気の成熟局面における未曾有の景気刺激策によってもたらされる供給能力の拡大(雇用や設備)や金利に上乗せされるインフレプレミアムや財政プレミアムは、景気が一たび下を向き始めると同時にコストへと変化していくのではないかと懸念している。