リートのESGの取り組み

2022年6月1日

住宅やオフィス、商業施設をはじめとする不動産は、私たちの生活にとって欠かすことのできない存在です。生活に密接しているからこそ、不動産は環境問題や社会的課題の解決に貢献するポテンシャルを大いに有していると言われています。 本稿では、当社が長年にわたる経験を有する日本を含むアジア・オセアニア地域を中心に、不動産セクターならびに不動産を運用するリートのESGの取り組みを紹介します。以前はコストと考えられていた環境パフォーマンス向上や社会的課題への取り組みが、保有物件の魅力を高め、賃料収入の増加に繋がる成長機会と捉える時代に変わってきた点がポイントです。
※文中で言及している個別の銘柄については、当該銘柄を推奨するものではありません。

運用部 リートグループヘッド 秋山 悦朗

運用部 リートグループヘッド
秋山 悦朗

不動産・リート業界のESGトピック

【環境】カーボンニュートラルの取り組みで先行するオーストラリア

不動産セクターのE(環境)について、特に注目されているのはカーボンニュートラル(温室効果ガス(GHG)の排出量実質ゼロ)に向けた取り組みです。国連環境計画・金融イニシアティブ(UNEP FI)によれば、不動産セクターは世界全体の温室効果ガス排出量の約40%を占め、最も排出量が多いセクターと言われています。見方を変えれば、気候変動問題への貢献ポテンシャルが高いセクターとも言えます。


環境に配慮したオフィスビルや商業施設にテナントとして入居したいという声が着実に増えており、リートにとっては、脱炭素化を進めることが保有物件の競争力向上にも繋がることから、テナントと協働して、建物の性能を高めつつ、高効率な設備やLED照明などの導入でエネルギー消費量削減、太陽光発電等の再生可能エネルギーの活用などの取り組みを進めています。


以下では、アジア・オセアニアの国・地域ごとの取り組み事例を紹介していきます。

オーストラリア:2026年以降に竣工予定のオフィスビルはすべて排出量実質ゼロに

オーストラリア・リートがカーボンニュートラルへの取り組みで一歩先行しています。オーストラリア・リートが手掛ける物件は、2026年以降に竣工するオフィスビルは全てGHG排出量実質ゼロとなる計画です。既存物件においても、テナントと協働して環境に配慮した改修や運用を行なうグリーンリース契約が主流となっており、パブリックスペースへの太陽光パネルの設置など、建物の消費電力が常時クリーンエネルギーでまかなわれるような取り組みが進められています。直近では、大手物流施設リートであるグッドマン・グループや大手住宅系総合型リートであるミルバックが、アジア・オセアニアリートでは初めて、カーボンニュートラル目標を前倒しで達成したと公表しました。

日本:「2050年カーボンニュートラル宣言」を機に取り組みが加速

2020年の菅総理(当時)による「2050年カーボンニュートラル宣言」により、Jリートの間でCO2排出量の削減目標を定め、中長期的な取り組みを行う動きが加速しました。最大手の日本ビルファンドでは、2013年を基準として、2030年までにエネルギー由来CO2排出量を40%以上削減する事を掲げ、一部の保有物件では照明LED化により、2023年6月期までにCO2排出量が60%減少することが見込まれています。Jリート各社は、こうした保有物件のエネルギー効率改善に加えて、エネルギー効率の低い物件を高い物件に入れ替えるなど、ポートフォリオ運営にも変化が見られます。

シンガポール:金融と不動産セクターが国全体のカーボンニュートラルをリード

国全体の目標は2050年までにCO2排出量を2030年の半分にし、21世紀のできるだけ早い時期にカーボンニュートラルを達成するという水準にとどまっています。一方、昨年発表した「シンガポール・グリーンプラン2030」では、2030年までに全てのビルをグリーンビルにすること、シンガポールを世界有数のグリーンファインス拠点にするなど野心的な内容が盛り込まれています。2021年には、シンガポール取引所が世界初となるESGに関連したリート先物の取り扱いを発表するなど、同国の強みである金融と不動産から環境問題に取り組む姿勢を鮮明にしています。

香港:グリーンファイナンスによる資金調達に積極的な最大手リンク・リート

政府は2021年10月に、2030年を目途にエネルギー消費量に対するCO2排出量を2005年時から65~70%削減する「香港気候行動計画2030+(プラス)」を発表しました。最大手のリンク・リートは早くからESGを念頭に置き、2016年にはアジアの不動産会社を対象とした初のグリーンボンドを、2019年には不動産業界では世界初となるグリーンCB(転換社債型新株予約権付社債)を発行しました。これらはいわゆるグリーンファイナンスと呼ばれ、CO2排出量のより少ない不動産の取得やメンテナンスなど、環境に配慮した投資行動に限定した資金調達です。

【社会】非人道的兵器関連企業テナントに関する実態調査

コロナ禍において、リートが保有するホテルが隔離施設や療養施設として利用されたことは記憶に新しいところですが、社会のインフラとして地域への貢献の重要性が高まっています。その他の社会課題としては、サプライチェーンの人権問題への注目が高まっていますが、不動産・リートにとっても無縁ではありません。


不動産・リートのサプライチェーンといえば、建築資材や部品等の調達先における人権侵害が問われることが一般的ですが、私たちはテナントに着目しました。具体的には、アジア・オセアニア地域のリート49社を対象に、非人道的兵器関連企業テナントに関する実態調査を行いました。


資産運用業界では、クラスター爆弾などの非人道的兵器の製造等に関係している企業への投資を禁ずる動きが広がっています。当社も同様の方針をとっていますが、リートのテナントに関するこのような調査は過去に例がないユニークなものでした。調査の結果、21社が非人道的兵器関連企業をテナントとしていましたが、収入に占める比率は最大でも1.8%、ほとんどが1.0未満という水準でした。こうした企業からのテナント収入が全体の5%を超えた場合には、投資を抑制する方針で調査を行いましたが、幸いこれに抵触するリートはありませんでした。


当社では、今後もこの調査を継続的に行い、非人道的兵器関連企業をテナントに持つリートに対しては、エンゲージメント等を通して改善に向けた働きかけを行います。また、足元ではロシアによるウクライナ侵攻により、非人道的兵器関連企業そのものの捉え方が国際世論の流れの中で変わる可能性があります。国際情勢を注視しつつ、私たちの調査も軌道修正することを心掛けていく所存です。

【ガバナンス】Jリート市場が抱えるガバナンス構造上の問題点

Jリートをはじめとするアジア・オセアニアリートの多くは、大手不動産会社等をスポンサーとし、その傘下の運用会社に資産運用業務を委託する「外部運用型」と いう仕組みがとられています。この仕組みでは、スポンサーとリートがwin-winの関係を構築できるかがポイントになります。リート価格がディスカウントされ苦境にある時(例えばリーマンショック時)に、リートに割安な価格での不動産売却やリートの第三者割当増資を引き受けなどスポンサーがリートの評価を高める取引を実施することもあります。一方、この「外部運用型」は、リートとスポンサーとの間で不動産の売買を行うことがあることから、欧米で一般的なリート自らが不動産開発や資産運用を行う「内部運用型」と比べ、リートとその投資家との間での利益相反が生じやすく、ガバナンスには細心の注意を払う必要があります。以下では、「Jリート市場が抱えるガバナンス構造上の問題点」について、詳しく説明します。


まずはJリートの仕組みについて、図1を使って簡単に説明します。投資家の投資対象となる投資法人が、調達した資金を不動産に投じ、所有します。わが国では法令により、投資法人は資産運用業務を自らは行わず、その全てを外部の資産運用会社に委託する、所有と管理・運営が分離された「外部運用型」が採用され ています。


投資法人には、執行役員と監督役員の設置が定められており、一般的に2年ごとに開催される投資主総会で選任されます。資産運用の実務そのものは、委託先の資産運用会社により行われますが、不動産売買や増資などを含む最終的な意思決定は、投資法人の役員会が行うとされています。

●図1:Jリートの仕組み
スポンサー企業への資金・人材の依存による利益相反の懸念

資産運用会社は、不動産ディベロッパーや総合商社、金融機関などのスポンサー企業の出資により設立され、専門性の高い業務内容も相俟って、スポンサー企業出身者が主要な役職員を占めるケースが大半です。つまり、資産運用会社は資金と人材、さらには投資対象不動産の多くをスポンサー企業に依存しており、経営にスポンサー企業の意向が反映される余地が大きいとみなされます。こうした構造上の理由により、Jリートの資産運用会社は、投資主および投資法人とスポンサー企業との間の利益相反のリスクを潜在的に内包していると言えます。


資産運用会社におけるスポンサー企業への人材の依存について、とりわけ問題視されるのが「投資法人の執行役員」と「資産運用会社の役職員」との“兼務”です。Jリートは、資産運用会社は投資主(投資法人)の利益のために行動する義務を負っており、投資法人役員会がその資産運用会社の業務執行状況を監督する前提で運営されています。この監督する側とされる側の“兼務”により、投資法人の価値つまり投資主利益の最大化に努めるべき「執行役員」の立場が揺らいでしまいます。実際、Jリート61銘柄中41銘柄がこの“兼務”の状態にあり(2021年12月時点)、そのうえ資産運用会社の取締役会をみる限りその独立性も確保されておらず、ガバナンス上の大きな懸念となっています。


同じ外部運用型を採るシンガポール・リートでは、その多くが資産運用会社の独立性を保ち、指名および報酬委員会を設置するなど、利益相反を回避する構造・体制が確保されています。また、シンガポール・リートでは、利害関係者と行う一部取引は投資主の承認を得ることが法律で定められていますが、Jリートにそのような定めはありません。

厳格な議決権行使と継続的な対話によりガバナンス改善を訴え

当社はこうした問題を重く捉え、Jリート議決権行使において“兼務”には原則反対とし、例外的に資産運用会社の取締役会が独立性を確保できている等、利益相反リスクの回避が望める場合にのみ賛成する基準を定めています。その結果、2020年1月~2021年12月開催の投資主総会での役員選任議案における当社の賛成率は、他の運用会社と比べても非常に低い58.8%となりました。


仮に、ガバナンス体制面で利益相反リスクが回避できない場合、スポンサー企業と不動産の持分を共有することにより、リスク抑制が期待できます。不動産の保有が継続する限り、スポンサー企業も当然そのパフォーマンス最大化に取り組むこととなり、投資主との間の利益相反関係が解消するためです。厳格な議決権行使を行う一方で、こうした提案も含め、Jリートのガバナンス強化による投資主利益の保護、また投資主価値の維持向上を目指した対話を継続的に行っています。

終わりに

これまで述べたように、カーボンニュートラルのように国・地域を問わず共通の課題もあれば、Jリートのガバナンスのように法制度の違いによる固有の課題もあります。また、社会課題ではワークライフバランスやダイバーシティからサプライチェーンの人権問題までテーマは多岐にわたり、ますます広がりを見せつつあります。


当社は、グローバルスタンダードであるGRESBに参加し、その評価手法を徹底的に分析し、インハウスによるESGスコアの算定を確立しました。具体的には、ガバナンスに関する各国の制度の違い等を反映した独自のESG評価基準をつくり、投資対象となるすべてのリートに対してリサーチを行い、ESGスコアを付与しています。


また、このESG評価を開始する以前からマネジメントの定性評価を行っていますが、最近、その評価項目のひとつ「マネジメントの信頼性」にESGに対する取り組み姿勢を追加しました。この定性評価とESGスコアを活用したエンゲージメントや議決権行使を行うことで経営陣にESGテーマへの対応を促すことが、リートのアクティブ運用における長期的な投資リターン獲得に貢献すると確信しています。

リート運用チームのご紹介 ※2022年6月1日現在