アジアトーク(ASIA TALK)

REPORT

第31回:続く「人民元レート「7」の壁」の神話

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中国政府は人民元の対米ドルレート、1ドル=「7」元を何としても死守する意向

■中国個人投資家は2016年の人民元安局面でも「7」割れが実現しなかったことを鮮明に記憶
■「7」割れを見込めば外貨預金を積み増すはずだが、外貨預金残高は減少に転じている
■「7」を目前に人民元安歯止めに動き始めた中国政府
■中国政府による事実上の情報統制下、中国居住者は人民元売りを積極化しない見込み

佐野

パトリックさん、金融市場で中国人民元の動向に注目が集まっています。人民元の対米ドルレートが4月以降下落を続けてきましたが、「7」元に近づいてきたら、8月になって中国政府から様々な政策が出てきました。人民元レートの「7」が重要な水準に見えますけど、この背景にはどのようなことがあるのでしょうか。中国人エコノミストの立場からどのように見えますか?

パトリック

私は「7」を超える元安はないと考えています。中国政府がここからの一段の元安を望んでいないからです。利殖への関心が極めて高い中国人から見ると、もし元安が進むと考えるなら、人民元を売却して、外貨預金で運用することが合理的です。ところが、次ページのチャートを見てください(図表1)。今年の春先から急速に元安が進む一方、その過程で外貨預金残高は減少しているんです。2016年の元安局面では、外貨預金残高が増加して、それが元安をさらに加速させていました。今回は様相が異なります。

パトリック

2016年の元安局面では、多くの中国人が人民元の「7」割れを予想し、人民元を売却して外貨預金を作りました。私は当時、アフリカ・ガボンの中国大使館に勤務していましたが、中国人の友人や親類がメールやSNSを通じて盛んに為替レートの情報をやり取りするのをアフリカから眺めていたことを思い出します。

佐野

日本でも主婦など個人投資家が外国為替取引に積極的に参加した状況を「ミセス・ワタナベ」と称しましたが、中国でも同じ状況だったのですね。

パトリック

元安で儲かるよう米ドル預金を作るために、海外旅行の計画を見直してお金をやり繰りしたという話も聞きました。

佐野

中国人個人の外貨の購入限度額は確か年間5万ドル(約550万円)でしたよね?

パトリック

はい、1人当たり5万ドルです。典型的な三人家族だと、一家族で15万ドルが上限になります(1650万円)。中国主要都市の一人当たりGDPと比較すると、この金額の大きさがわかります(図表2)。

佐野

2016年には多くの中国人が大勝負に挑んだわけですね。

パトリック

しかし図表1の通り、人民元は「7」を割ることなく元高に反転し、含み損を抱える個人が多く出る結果となりました。多くの中国人はこの時の記憶をまだ鮮明に覚えています。今回の元安局面でも、人民元が「7」を割ることはないと考えているので、「7」に近づく過程でドルの利食い売りをして、外貨預金残高を減らしてきたのではないかと推測しています。

佐野

エコノミストの立場から見ると、中国政府は人民元の信認を重視しているので、輸出競争力強化を目的にこの水準から元安を志向することはないと考えられます。米中貿易摩擦による景気への悪影響も心配されますが、景気浮揚には財政政策で対応するのではないでしょうか。実際、8月以降、中国政府は矢継ぎ早に元安阻止のメッセージを発していますね。

パトリック

はい、8月6日には、人民元売り予約の契約額に対して20%の準備金を課す制度を再導入しました。また 8月24日には、人民元の基準レートに「反循環的要素」を再導入したと発表しました。「反循環的要素」とは、日次で決められる人民元の基準レートをコントロールすることで、元安方向への動きを抑制する仕組みです。過去にも、2017年5月26日に本政策が導入されると元高が進み、2018年1月9日に廃止されると元安に転じました(図表3)。今回も中国政府が本気で元安に歯止めをかけ始めたメッセージと捉えています。

パトリック

中国の中央銀行に相当し、為替介入を行う人民銀行は、“Mother of markets”、直訳すると「市場の母」とも呼ばれ、絶対的な存在です。つまり、逆らっても勝てないということです。

佐野

中国政府が強いメッセージを出し始めているので、中国人個人が人民元の売りになおさら慎重になっている可能性はありそうですね。

パトリック

中国人が元売りに慎重になる理由がもう一つあります。中国はモバイル決済など最先端のIT技術が組み込まれた社会です。個人情報についても豊富に蓄積されたビッグデータがあると想定され、中国政府にとって不都合な情報や行為に対しては、これらを利用して取り締まることも可能と言われています。おそらく中国人はこの点を経験的に理解しているので、中国政府が示す強い意思表示に敢えて対抗することはしないと思います。

佐野

これまでの内容を踏まえると、
①外貨預金残高の動きから判断して人民元からの資本逃避は起こっていない。
②中国政府は人民元下落の歯止めに本格的に動き出している。
③過去の経験から中国人は中国政府の意向には逆らわない。
以上から、「人民元レート「7」の壁」の「神話」は続くと考えます。

パトリック

金融市場が懸念する一段の人民元安が「7」を手前に一服するのであれば、中国株式のみならずアジア金融市場全般にもプラスに働くと見込まれます。
本日はありがとうございました。