宅森昭吉のエコノミックレポート

REPORT

9月のトピック「長期間足踏み状況で日本の景気や物価への不透明感根強いが、年末にかけ明るさも出よう」

2016年09月06日

(リーマンショック以降、8月分非農業部門雇用者数の前月差は18万人増に届かないというジンクスは守られた)

8月26日のニューヨーク市場でドル円レートは寄付きから終値にかけ1円50銭と大きく円安・ドル高に振れた。イエレンFRB議長が講演で「米国の雇用が改善し、追加利上げの条件は整ってきた」と発言、9月20~21日の次回FOMCも視野に入れて、追加利上げの時期を探る意向を示したからだ。8月分の雇用統計では、失業率は7月分と同じ4.9%だったが、非農業部門雇用者数の前月差は15.1万人増と市場の予測平均値の18万人増を下回った。市場の反応には温度差があったようだ。株式市場では9月の利上げが遠のいたとみてNYダウは72.66ドル上昇した。ドル円レートは雇用統計の発表直後に一時、1ドル=102円台後半まで上昇したが、その後はドル買いに転じた。8月分雇用統計は市場予想を下回ったものの、FRBの早期利上げ観測が根強かった。08年9月にリーマンショックが発生して以降、9月の前の月に当たる8月分の当初発表値は15年の17.3万人増が最高で18万人増に届いたことが一度もない。今回の15.1万人増もリーマンショック発生月前月の8月分の季節的パターンを考慮すれば出るべくして出た数字とも言える(図表1)。

(米国実質GDPは4~6月期までの3四半期連続1%程度の低成長を脱し、7~9月期はしっかりした伸び率へ)

米国の実質GDPは年次改定の影響もあり、15年10~12月期が前期比年率+0.9%、16年1~3月期が同+0.8%、4~6月期が同+1.1%と、1%前後の低成長でパッとしない状況だった。しかし、7~9月期はしっかりした伸び率になりそうだ。9月2日現在のGDPナウはNY連銀が前期比年率+2.8%、アトランタ連銀が同+3.5%と予測している。7月分の実質個人消費は前月比+0.3%だった。過去4カ月で一番低い前月比の+0.2%で8・9月分を延長しても、7~9月期実質個人消費は前期比年率+3.6%になり、実質GDPの+2.5%押し上げに寄与する。FRBの利上げ観測を支持するドル高円安材料で、日本の景気にとってもプラス要因として働こう。

(日本の鉱工業生産指数の基調判断、15年5月分以降ひと月除き、長期間の「一進一退」使用で閉塞感)

日本の景気は長い間、パッとしない状況が続いている。鉱工業生産指数・7月分速報値の前月比は0.0%と横這いだ。世界経済の先行き不安や円高を受け、企業は生産に対して慎重な姿勢を続けたとみられる。経済産業省の基調判断は15年4月分まで5カ月連続して「総じてみれば、生産は緩やかな持ち直しの動きがみられる」だった。しかし15年5月分で「総じてみれば、生産は一進一退で推移している」に下方修正された。その後「一進一退」の表現は15年8月分の「総じてみれば、生産は弱含んでいる」になったひと月を除き直近16年7月分まで続いている。16年6.7月分では上方修正され「総じてみれば、生産は一進一退で推移しているが、一部に持ち直しがみられる」だ。

(日本の景気・基調判断は、15年5月分から1年超「足踏み」。雇用面・所得面の改善は下支え材料)

海外要因による円高や熊本地震の影響が出た4~6月期の実質GDPは、第一次速報値で前期比+0.0%だった。9月8日発表の第二次速報値も、日本経済がなかなか目に見えて回復しないことへの閉塞感・不透明感を示唆したゼロ近傍の数字になるものとみられる。

景気動向指数による機械的な景気の基調判断は、昨年5月分から今年6月分まで1年超「足踏み」で、いわゆる「踊り場」が長期にわたっている。通常、景気拡張局面の中の踊り場は、回復の流れが一時的に停滞している状況で、1年超にも及ぶのは珍しい。逆に昨夏のチャイナ・ショックをはじめ海外発の悪材料や、愛知製鋼の爆発事故・熊本地震という国内の悪材料などの景気下押し材料があっても、景気は後退局面に入らず「足踏み」で踏みとどまっており、底堅いと言える。雇用面・所得面の改善が下支え材料だろう。

雇用関連データは久しぶりにしっかりというものが多い。6月分・7月分の有効求人倍率は1.37倍と91年8月の1.40倍以来ぶりの高水準だ。完全失業率は小数点第2位までみると7月分で3.00%、これは95年2月の2.97%以来の低水準だ。日本の景気は雇用・所得面を中心に底上げがなされてきた。4~6月期実質GDP成長率・第1次速報値でGDPの約6割を占める個人消費は+0.2%と、うるう年効果の反動を乗り越えプラスになった。雇用者報酬の前期比をみると、名目は11四半期連続、実質は8四半期連続で増加となった。雇用者報酬の動きから見ると、所得の動向は個人消費の下支え要因になっている。

(生産年齢人口比率の急減局面にあることが、全体の個人消費の頭打ち材料か)

個人消費が全体で伸びないのは生産年齢人口割合の減少も影響していよう。昨年秋に経済財政諮問会議で麻生財務大臣が家計調査の高齢者世帯の割合が国勢調査と違うと指摘したが、国勢調査は10年時点で家計調査は15年7月分のデータだ。家計調査を10年のデータにするとあまり変わらない。団塊の世代の動向により、ここ5・6年で高齢者世帯の割合が急激に大きくなっているようだ。雇用・所得面が改善し生産年齢人口の消費がそれなりに底堅くても、高齢者の消費が大きく落ち込んでいる。生産年齢人口割合は11年から16年までの5年間で3.4%程度と急速に縮小したとみられる。団塊の世代の動きにより生産年齢人口減少テンポは直近が最もきつい(図表2)。

(英国EU離脱決定のマイナス効果薄れる。熊本地震は景況感のプラス材料に転じてきた)

調査期間が6月25日~30日と、英国のEU離脱決定直後となった「景気ウォッチャー調査」で「英国」または「EU離脱」のキーワードを含むコメントから「英国・EU離脱」関連DIを作ると、現状判断DIが69人で30.8、先行き判断DIが357人で28.4と6月調査の景況感の下振れ要因だったことがわかる。357人は回答者の2割近くにあたる。また「為替」関連DIは現状判断DIが62人で31.4、先行き判断DIが255人で27.7とこちらも下振れ要因だった。英国のEU離脱決定に伴う円高が先行きさらに進むことへの不安が、足元の景況感の悪化につながった。なお、この不安感は7月調査でだいぶ薄まった(図表3)。現状判断の「英国・EU離脱」関連はコメント数20人でDIは37.5、先行き判断は61人で、DIは39.8となった。7月調査では為替DIも株価DIもコメント数は2ケタに減少しDIも改善した。

一方、熊本地震の影響も景気のプラス材料になってきた。「景気ウォッチャー調査」7月調査で「地震・震災」関連コメント現状判断DIは、53.0、先行き判断DIは56.5でどちらも分岐点の50.0超だ。復興関連需要が出て50超になるのは、東日本大震災と同じ3カ月後だ。

(身近な社会現象は、リオ・オリンピックのメダルラッシュや観光地の人出など景気底堅さ示唆するものが多い)

景気と関連がある身近な社会現象は、一部に弱含みを示唆するものがあるが、景気底堅さを示唆するものが多い。

見せるスポーツであるプロレスはファンがどうしたら喜ぶかを考えている面があり景況感も反映されるとみられる。4月に内藤哲也がファンの大声援の中、会社が売り出そうとしていたチョイ悪だがイケメンレスラーのオカダ・カズチカからIWGP王者奪取した。制御不能なファイトスタイルの内藤がファンから支持されたことは閉塞感漂う景気を示唆する現象と考えらえた。6月のリターンマッチではオカダが奪還し、夏の一大イベントであるリーグ戦「G1」優勝目標を表明した。不透明さが薄れる予告信号と思われたが英国のEU離脱決定で水泡に帰した。オカダ、内藤とも「G1」では決勝に進出できず、ケニー・オメガが外国人として初優勝。はっきりした展望が見えない景気状況を反映したもののように感じられる。

しかし、リオ・オリンピックのメダルラッシュは国民の気持ちを前向きにして株価上昇を後押した。メキシコ大会以降、日本が金メダルを10個以上獲得した大会では開催期間中の日経平均株価が上昇している。なお総数38個の過去最多のメダルを獲得したロンドン大会では、金が7個でも株価は上昇した。リオ大会では金12個、総数41個で株価も上昇した(図表4)。女子レスリング伊調馨選手がオリンピックの女子個人競技初の4連覇を果たし、国民栄誉賞受賞観測が浮上している。過去スポーツ選手が受賞した時は、概ね景気は拡張局面である。

観光地では、北海道新幹線効果で、五稜郭タワー利用客数は4~8月分の前年同月比が各々プラス30%以上と堅調だ。函館で地震があった6月分でもプラス52.7%と高水準だった。8月はじめの東北四大まつりの人出合計は前年に比べ10万人増加した(図表5)。

中小企業設備投資の先行指標と言える機械受注・代理店受注・前年同月比は6月分まで11カ月連続で増加している。企業経営者が主人公のドラマ「下町ロケット」「あさが来た」「とと姉ちゃん」の人気と整合的だ。「とと姉ちゃん」は8月19日に25.9%の視聴率を記録した。これは「花子とアン」の最高視聴率に並ぶ高水準だ。16年度下期のNHK朝ドラ「べっぴんさん」も子供服の会社を興した女性が主人公だ。

(経済対策に加え、広島の25年ぶりセ・リーグ制覇はデフレ脱却サポート材料か)

政府の「未来への投資を実現する経済対策」は今後景気を下支えしデフレ脱却を支援する材料だが、身近なデータにもデフレ脱却を示唆するものがある。広島がセ・リーグで初優勝した75年以降15年までの名目GDP成長率と広島の成績を見ると相関性が大きい。

広島の活躍がデフレ脱却につながるように見える。今年のプロ野球はセ・リーグで広島が25年ぶりに優勝しそうだ(9月4日時点でM4)。2月時点の読売新聞の世論調査から導き出したセ・リーグの人気ランキングでは広島が初の単独3位になった。広島がAクラスになった20回分の名目成長率の平均はプラス5.8%で、最低は94年のプラス0.8%だ。75年から15年までの全期間の平均はプラス3.3%、最低はマイナス6.0%なので大きな差がある。広島のAクラスは金融危機が発生した97年までで一旦終わり、その後の長いデフレ時代はBクラス。13年に3位で16年ぶりにAクラスに戻った。14年も3位とAクラス継続と併せたようにデフレ脱却の動きが出てきた。4位に終わった15年では世の中の予想物価上昇率が鈍化するなどデフレ脱却の動きがもたついた。黒田博樹投手が日米通算200勝を達成した今年、25年ぶりに優勝し、その時期あたりから消費者物価指数前年比が底打ちしそうだ。デフレ脱却を目指す黒田東彦日銀総裁への応援材料になろう。

(足元日経ナウキャスト日次物価T指数は鈍化傾向継続だが、企業関連物価指数前年比に底打ち感)

全国消費者物価指数・生鮮食品を除く総合指数の7月分前年同月比は▲0.5%の下落となった。前年同月比の下落は5カ月連続で、3年4カ月ぶりの下落率である。日銀の物価目標の2%上昇から大きく乖離している。日銀は9月20~21日の金融政策決定会合で「総括的な検証」を行う。黒田総裁は5日の講演で「2%物価目標をできるだけ早期の実現」を改めて強調した。

最近、スーパーなどでは物価上昇の勢いがなくなっている。スーパーのデータによる日経ナウキャスト日次物価T指数の8月分速報値は前年同月比+0.05%で7月分の+0.20%から鈍化した。しばらく、世の中の予想物価上昇率ももたつきそうだ。一方、コンビニなど底堅い分野が入っているTポイント物価指数前年同月比は7月分+0.33%、8月分+0.49%となっている。タバコの値上げが影響していよう。なお、高齢者のコンビニでの物価指数が高めであることは、車でスーパーに行けず近くで買い物をせざるをえない高齢者にとって、実質消費のマイナス要因になっていないか要注視であろう(図表6)。

昨年の入着原油価格は6月下旬が最高で、前年同月比にとっては7月分以降マイナス幅縮小要因になっている。加えて、8月29日のレギュラーガソリンは1リットル=122.2円と0.2円前週より上昇、10週ぶりの値上がりになった。物価上昇率を決める主因の需給ギャップ(GDPギャップ)は内閣府の試算で16年4~6月期は▲1.1%と、1~3月期の▲1.0%からマイナス幅がやや拡大した。しかし、7~9月期以降は需給ギャップが緩やかに改善するとみられ、消費者物価指数の前年同月比の上昇要因になっていくと思われる。

消費者物価に先行して動く、国内企業物価指数の前年同月比は7月分が▲3.9%で5月分の▲4.3%を底に2カ月連続マイナス幅が縮小、企業向けサービス価格指数の前年同月比は7月分が+0.4%で6月分の+0.2%から上昇、15年8月分の+0.6%以来11カ月ぶりの伸び率になった。足元の消費者物価が下げ止まれば、適合的期待面から人々の予想物価上昇率の上昇に寄与することになろう。